Ⅰ 出版界は「売れる」本だけを求めている。それだけで社会は良くなる?

大手出版社の出版の基準は経営を優先して「売れる」かどうか。しかしそのような本は決して世界がポジティブに変化する助けにならない。私たちは「売りたい」本を出版する。それは世界を少しでも良くする力を持った本だ。ただし「売りたい本」が「売れる」ためにマーケティング力をしっかり駆使する。

今の、特に大手出版社は本を「売れる」かどうかだけで出版の可否を決めています。しかしそのような本は表面的な面白さだけを追っているので、読者様の思索を深めません。そのような本も、娯楽としては大切ですが、しかし世界の進歩には何の貢献もしないものです。

一方で私たちは、世界の進歩を促す本を「売りたい」というビジョンを持っています。しかし世界の進歩を促す本は、そのまま出版しても読者様はその価値に気づきません。そこで私たちは多くの経験を元に、その本の表現や構成を読者様に受け入れやすくアレンジし、「売れる」本へ仕立てます。

なぜ私たちがこのようなビジョンを持っているかと言えば、人類の進歩は同時代の人間には理解されない主張や発見によってもたらされたからです。例えば、ガリレオ・ガリレイの地動説やダーウィンの進化論は、当時は多くの批判を受けましたが、後に科学の大きな進歩をもたらしました。

出版市場も同様です。売上優先主義の大手出版社によって、書籍市場は現状肯定型かつ刹那的快楽を求める本で満ちてしまう可能性があります。これらの本は進歩をもたらすことなく、むしろその逆であると言えます。

もし新しい発想や新しい主張、常識に反する主張が含まれた原稿が持ち込まれても、大手出版社はそのような原稿を採用することは少ないです。その結果、せっかくの進歩の核となるはずの本が闇に消えてしまうのです。本来、進歩のためにはそのような本を出版することが非常に重要なはずです。

私たちは、他社で没になったような新しい発想や新しい主張、常識に反する主張、画期的な物語、未知の体験について書かれた本を積極的に出版し、世界の進化を後押ししていきたいと考えています。だからこそ、私たちは「売れる」本よりも「売りたい」本を出版しようと考えています。

目次

Ⅱ 私たちが「売れる」本より「売りたい」本にこだわる理由

1 私たちはなぜ「売れる」本だけを追わないのか?

⑴ 「売れる」本は「読みやすい」だけ。世界にもたらすのは現状維持。進歩は起きない。

「売れる」本は、一般的に読みやすく、広い読者層に受け入れられやすい内容が多いです。しかし、その内容が読者の常識を刺激しない場合、結果として現状維持になり、進歩にはつながりません。私たちは、読者の常識を覆し、新しい視点を提供する本を出版することを目指しています。

売れる本は砂糖のようでおいしいが栄養はない。時間つぶしにはいいが、読んでも自分の思索が深くはならない。だから世界の進歩にも貢献しない。
目先の売上を追及して出版された本は読みやすく面白い。しかしそれは刹那のことで、読んでも自分の思索は深くならない。それが売上を追求する出版社の出す本のデメリット。

⑵近視眼的に「売れる」本だけを追求するのは限界がある

近視眼的に売上だけを追求することは企業としては魅力的であり、それを目指す出版社があることを否定はしません。しかしそこにはいくつかの重大なデメリットがあります。読者と著者の双方にとって、その影響は無視できません。

①「売れる」本追及の読者にとってのデメリット
  1. 質の低下: 短期的な利益を追求するあまり、内容が薄く、深みのない本が市場に溢れることがあります。その結果、読者は質の低い本に時間とお金を費やすことになり、満足度が低下します。読書体験そのものが浅くなり、深い洞察や感動を得られる機会が減少します。
  2. 一時的な流行に左右される: 短期的な利益を目指す本は、一時的な流行や話題に依存することが多いため、読者にとっての持続的な価値が低いです。流行が過ぎ去るとその本は忘れ去られ、長期的な価値を提供することができません。
  3. 独自性の欠如: 短期的な利益を追求する本は、多くの場合、安全なテーマやフォーマットに依存しがちです。そのため、独自性や革新性に乏しく、読者に新しい視点や刺激を提供することが難しいです。結果として、読者は本を通じた新しい発見や成長の機会を失ってしまいます。
②「売れる」本追及の著者にとってのデメリット
  1. クリエイティブな制約: 短期的な利益を追求する出版社は、著者様に対して安全なテーマやフォーマットを求めがちです。そのため、著者様は自らのクリエイティブなビジョンやメッセージを妥協せざるを得なくなります。本来の創造性や情熱が抑制され、結果として著者様の成長や満足度が低下します。
  2. 長期的な信頼関係の構築が困難: 短期的な利益を追求する出版モデルでは、著者様と出版社の間での長期的な信頼関係の構築が難しいです。著者様が一度きりの出版体験を得ることが多く、継続的なサポートや協力が得られないため、キャリアの発展が制約されます。
  3. ブランドの一貫性の欠如: 著者様が短期的な利益を追求する出版社と協力する場合、彼らの作品は一貫性に欠けることが多いです。それぞれの作品が異なるターゲットやテーマに向けられることが多く、著者様のブランドイメージが混乱し、読者との強固な絆を築くことが難しくなります。

このように、短期的な利益追求には読者と著者様の双方にとって多くのデメリットがあります。私たちは、これらの問題を克服し、長期的な視点で価値のある本を出版することを目指しています。

売れる本を書くことはそれほど難しくない。今、就航していることをテーマにして、分かりやすい文章で笑いとありふれた感動をもたらすようにすればいいだけだ。しかしそのような本を書かせる出版社と著者の間には信頼関係は生まれない。
ガリレオ・ガリレイは「地動説」を発表したが、地球が全ての中心とするキリスト教的世界観の前に全否定された。彼の説が正しいと認められたのはそれから100年後だ。そのように「斬新な内容」「非常識な説」は最初は社会から
否定されるが、いずれ社会が追い付き、世界の進歩に貢献することになる。

2 同時代に理解されにくい主張や発見を「売りたい」と考える理由

私たちは敢えて、現代の常識から見た時に理解できなかったり、反論が予想される原稿でも、内容が正しいと考えられる場合、果敢に出版します。なぜなら歴史的に見ても、同時代には理解されなかった主張や発見が後に大きな進歩をもたらすことが多々あったからです。

たとえば以下のようなものです。

⑴同時代には迫害された「人類にとって重要な」主張

①ガリレオ・ガリレイの地動説

ガリレオ・ガリレイは、16世紀後半から17世紀初頭にかけて活動したイタリアの科学者です。彼は地動説を提唱し、地球が太陽の周りを回転しているという説を発表しました。この説は、当時の主流であった地球中心説(地球が宇宙の中心にあるとする説)とは対立するものでした。

ガリレオの地動説は、彼の著書『天文対話』(Dialogo sopra i due massimi sistemi del mondo, 1632年)において初めて公表されました。この本は、地球中心説と地動説の議論を通じて、地動説の優位性を示そうとしたものでした。

しかし、ガリレオの地動説は当時の教会や学者たちから強い反発を受けました。特にローマ・カトリック教会は、地動説が聖書の教えと矛盾するとして、ガリレオを告発しました。1633年、ガリレオは異端として裁判にかけられ、有罪とされました。彼は自認罪を行い、地動説の主張を撤回することを強いられました。

ガリレオの地動説は、その後も長い間無視されることになりましたが、17世紀後半になると、イギリスの科学者アイザック・ニュートンが万有引力の法則を発見し、地動説が再評価されるようになりました。ガリレオが地動説を唱えてから100年が経っていました。ニュートンの理論によって地動説は「非常識」から「常識」に変わり、物理学における基礎知識として広く受け入れられるようになりました。

②ダーウィンの進化論

進化論は、19世紀初頭にチャールズ・ダーウィンが「種の起源」を発表し提唱した理論で、生物の進化が自然選択によって進行するというものです。しかし発表当時はキリスト教を冒涜する説だとして、生物学会からだけではなく、宗教界からも、そして王室からも激しい攻撃に遭いました。その要因は以下のような点です。

❶キリスト教の教義と進化論の相反

キリスト教の教義の中でも特に重要なのは、聖書の「創世記」に記された天地創造の物語です。「創世記」には、神が6日間で世界を創造し、アダムとイブという最初の人間を創り出したとされています。そしてアダムとイブが犯した原罪により人類が堕落し、それを神の子イエス・キリストの救済によって贖われるという教義が根本中の根本です。

これに対して進化論では「自然選択(ナチュラル・セレクション)」と言って、環境に適応した個体が生存しやすく、その結果としてその個体の遺伝的特徴が次世代に引き継がれるという考え方をしています。これを推し進めると、人間は他の生物と同じように長い進化の過程を経て誕生したことになります。具体的には、約700万年前、ヒトとサルの系統が分岐し、環境に適応する進化をした種だけが残り、やがてホモサピエンスと呼ばれる人類の祖先になるという主張になります。つまり人間とサルは同じ祖先を持っていると言うことです。

❷宗教的権威への挑戦

19世紀のキリスト教社会では、教会が社会や科学に対して強い影響力を持っていました。ダーウィンの進化論は、キリスト教の教義を否定し、教会の宗教的権威への挑戦だと見なされました。社会もその風潮に乗り、新聞などにはダーウィンは風刺画でサルとして描かれました。

しかしダーウィンはという同様の考えを持っていたウォーレスという科学者と共同発表することで、単独で批判されず、科学界での支持を得やすくしました。また1859年に出版した『種の起源』では膨大な実験データや証拠を基に理論を展開させ、さらに一般読者にも理解できるように書くことで、広く社会全般からの支持を得られるようにしました。

このような地道な努力の結果、進化論が受け入れられるようになったのは、20世紀初頭の遺伝学が顕著に発展したころのことです。それでもやはり発表から100年は経っていました。

ダーウィンが発表した「進化論」は神が人間を含む世界を創造したというキリスト教的世界観を否定するものだった。従って当時は真っ向から否定され、ダーウィンを猿に模して描いた戯画が新聞に掲載された。しかし100年後にその考えが正しいいと認められ、以降の人類学を始めとする学問の進化に大きく貢献した。

3 あなたの身近にもあった「常識が非常識に変換する」瞬間

一般人も、自分では気づかないうちに「間違った常識」に冒されていることがよくある。

①30年前の身の回りにあった「常識」

身近な例も挙げましょう。私は昭和の生まれです。ですから30年前には以下のような規範やルールの中で学習し、生きてきました。

  1. 運動中に水を飲んではいけない。水を飲むと余計に疲れる。
  2. 授業中は集中して先生の言うことをひとつも漏らさないように、姿勢を正し、緊張していなければならない。
  3. 歯を磨く時は歯に対して縦に歯ブラシを動かさなければならない。
  4. 転んで怪我をしたら消毒してよく乾かす

②30年後「常識」は「常識外れ」に逆転した

しかしご存じの方も多いと思いますが、上で書いたことは現代では「完全に間違い」だと言われ、現代ではこのように言われています。

  1. 運動中は適度に水を飲まないと脱水症状になって命に危険が及ぶこともある。
  2. 授業はリラックスして聞いた方が頭に入る。だから肩ひじをついたり、足を投げだすなど楽な姿勢でいた方が効果が上がる。
  3. 歯磨きは歯に対して横に歯ブラシを動かした方が虫歯予防に効果がある。
  4. 怪我をしたら水洗いをした上にラップをして湿った状態にしておいた方が早く治る。

私たちはこのような「誤った常識」の被害者です。多分、もう追及の仕様もありませんが、多く児童たちが真夏に水を禁じられた状態で体育の授業を受け、「事故死」していたに違いありません。

つまり私たちの身の回りでも、どんどん「常識外れ」だったものが「常識」に覆っているのです。だとしたら、今、学者や研究者、あるいは権威ある本が「常識だ」と述べていることが、絶対に覆らない、ということは誰にも言えないでしょう。

ですから私たちは「突飛で」「常識外れの」説や原稿を見せていただくと、心がときめくのです。

あなたが昔教わったこと、指導されたことの中で、現代では科学的でないと否定されているものが多々ある。そのように自分の周りでも常識と思っていたものが実は非常識で、逆に非常識だと否定されていたものが科学的に正しい、ということは多々存在する。
大手出版社は自社の従業員に給与を払わなければならないので、「売れる本」を出すことを最優先にする。従って、大手出版社からは常識を覆すような、世界を大きく進歩させる書籍は出版されない。

4 大手出版社が求めるのは「売りたい本」より「売れる本」

⑴売上至上主義がもたらす「売れる本」の優先出版

大手出版社は、多くの従業員を抱え、宣伝投資も行うため、基本的に「失敗が許されない」組織です。従って、ものごとの判断の基準が「売れたか/売れないか」の二択になりがちです。そして出版した本が常に「売れる」ように、新しい発想や主張など、市場がどのように反応するか分からないテーマについて、書籍化することは極めて少ないのが実情です。

つまり大手出版社から、現代の「種の起源」決して出版されないのです。

⑵表面的な面白さしか提供しない「売れる」本が氾濫し進歩が止まる

売上至上主義の出版社は、短期間で最大の利益を上げることを最優先としています。このため、彼らは広範な読者層に受け入れられやすい、表面的に面白いコンテンツを重視します。これには以下のような特徴があります。

①読みやく分かりやい本は「売れる」

売上至上主義の出版社は、読者がすぐに楽しめるような読みやすいスタイルを好みます。複雑なテーマや難解な議論は避け、誰にでも理解しやすい内容に仕上げることが求められます。その結果、深い思考や洞察を必要としない、一時的な娯楽を提供する本が増える傾向にあります。

②流行とトレンドを追随した本は「売れる」

このような出版社は、流行やトレンドに敏感であり、それに乗じたコンテンツを多く出版します。例えば、特定のジャンルやテーマが人気を博している場合、それに関連する本を次々と市場に投入します。これにより、短期間での売上を最大化しようとしますが、結果として一過性の流行に過ぎない本が増えます。

③確実に「売れる」本は安全なテーマしか選択されない

売上至上主義の出版社は、リスクを回避するために、安全で無難なテーマを選びがちです。例えば、歴史や科学の新しい発見や議論を避け、既に確立されたテーマやストーリーラインを優先します。これにより、創造性や革新性が犠牲にされ、読者に新しい視点を提供する機会が減ります。

「売れる」本は、分かりやすい・面白い・読んでいて笑いや感動など陳腐な快感がある、という特徴を持っている。それらも社会生活には大切だが、そのような本は読者の思索を深めないので世界の進歩には貢献しない。
売れる本ばかり読んでいる人間は、読書によって知的な気づきを得ることがない。従ってそういう人間自身が読書体験によって成長すると言うこともない。

⑶出版市場が「売れる」本ばかりになることでの読者への悪影響

①「売れる」だけの本を読んでも、深みがなく思索を導かない

表面的な面白さを追求する本は、一時的な楽しみを提供するものの、読者に深い印象や思考を促すことが少ないです。これにより、読書が単なる娯楽に終わり、学びや洞察を得る機会が失われがちです。

②「売れる」本だけを読んでいると、知的好奇心が低下し考える力が脆弱化する

同じようなテーマや内容の本が多く出版されることで、読者の知的好奇心が満たされない可能性があります。新しい視点や挑戦的なテーマが提供されないため、読者の思考力や理解力の向上が阻害される恐れがあります。

③社会を良化する、本当は「売りたい」本の出版は後回し

新しい発想や主張のこもった「売りたい」本が、「売れる」本を優先して出版することで、企画段階で埋没してしまうことも少なくありません。特に大手出版社は、リスクを避けるために現状肯定型の本を優先します。従って新しい発想や主張を持つ原稿はないがしろにされることが多いのです。

Ⅲ 進歩のために必要な本=私たちの「売りたい」書籍とは

私たちも営利企業ですから当然売上も利益も重視します。特に利益を上げることで、次の原稿の出版費用が確保できるわけですから、「赤字でも出版する」ということはよほどその原稿の意義が大きくない限りありません。

しかしそういう軸を守りながら、同時に「売れる本」ではなく「売りたい本」を出版して行く、という姿勢は堅持しています。

ではその私たちが「売りたい」本とはどのようなものでしょうか。具体的には以下のような書籍です。

私たちも「本を売る」ことにはコミットしている。しかしそれは安易に分かりやすさや陳腐な感動を与える本ではなく、人を読書によって成長させる「売りたい本」をマーケティングによって「売れる」ようにプロモーションすることで達成させる。
私たちは世界の進歩、良化に貢献できる本を「売りたい」。多くの場合、そういう本は現代の常識に反した主張をするため、読者からは受け入れられず売れない。しかし
私たちは、そのような本を、表現や構成を工夫し、同時にマーケティングによって読者ニーズに合致したものに仕上げ、結果的に「売れる本」にする。

1 常識に反する主張、新しい発想がベースになった本を「売りたい」

「進歩」と「大失敗」は背中合わせです。それは新しい事業、新しい商品、新しい実験などに関わったことのある方ならよくお分かりでしょう。

ですから「進歩」を目指すのであれば、リスクを取らなければなりません。それは人類にとっても、私たちにとっても同様です。

つまり人類は今以上に進歩するためには、常識に反する主張や新しい発想を積極的に受け入れ、実行してみることが重要です。出版社が社会の進歩に貢献するためには売れないことも覚悟した上で、そのような主張の本を出版して行くことが重要であり、使命です。

しかし全ての読者とは言いませんが、何%かは新しい視点に共感し、思索の材料にし、新しい考えへと発展させる人が世の中には必ずいます。私たちはその読者に届けるために、「売りたい」本を出版して行きます。

2 未知の体験、画期的な物語の価値を「売りたい」

未知の体験や画期的な物語も、進歩にとって重要です。

自分が体験したことがない事実を、文字で読むことで追体験し、そこから何らかの教訓や人間の本質を学ぶことができます。ですからあなたが「自分の経験なんてありふれていて、誰も読みたくないだろう」と思っていたら、それは間違いです。

その体験記はあなたが思っている以上に特異で確実に意義のある内容です。ですからぜひ私たちと一緒に、あなたの体験を物語にしましょう。

それが社会の良い方向への変化を後押しします。

「個人的な体験」は非常に重要だ。その体験した内容は個人の記憶に留めておくべきではなく、より多くの人間と共有させるべきだ。その追体験が読者に深い思索のきっかけを与え、思考の進歩をもたらし、その集積で世界が進歩して行くからだ。
自分の経験と全く異なる経験を読書によって追体験することは、読者の思索を深める。そのような読者が増えれば、常識にとらわれない考えが生まれ、世界の進歩につながる。

3 多様な視点を提供し議論を促進する本を「売りたい」

今まで読んだことのない視点を提供する本は、あなたの常識を揺らがせるでしょう。その点について、同じ本を読んだ人と激しい議論が起こるかも知れません。あるいはあなたの中で、大きな葛藤が生まれる可能性もあります。

しかしどちらの場合でも、それらはあなたの考える力を熟成させます。そして考える力が身に付いたあなたは、社会の問題についても自分の頭で判断できるようになるでしょう。

それは社会の「隠された悪」をあぶりだし、少しでも良化する方向へ進めるための方策をあなたが考えられるようになる「魔法の杖」です。

Ⅳ「世界を変える」可能性のある本ほど、ひっそり消えて行く

商業出版社に何度企画を出しても没になる理由には、それが「常識外れで売れない」と評価されたから、だ。しかし私たちはその企画に可能性を見出す。なぜなら「常識外れ」だと言うことは、まだ見ぬ進歩のきっかけをその企画が孕んでいる可能性を示す。従って私たちは他社で没になった企画を積極的に評価し、本として出版し、売れるようにする。

あなたの原稿、企画あるいはアイデアや体験が、自分では画期的で独自のものなのに、何度チャレンジしても商業出版社の企画会議で没になってしまう場合、理由は以下のうちのどれかに入っています。

  • 常識外れの主張なので出版社の人間に価値が理解できない
  • 読者ターゲットが狭い、あるいはいないと推測される
  • 大学、研究所などに属していないため権威がない
  • ストーリーが突飛すぎて理解できない
  • 客観的な証拠が示されていない

このような理由で「没」ばかり経験していると、人は出版のモチベーションを失うか、本当に自分の本には価値がないと思い込んでしまって、いつしか自分の「宝物」の存在を忘れてしまいます。

私たちの世界は、それによって今までどれだけ、世界を変えるチャンスを逃してきたでしょうか。それを考えると、私たちが生きている時代に限っては、そして私たちとコンタクトが取れる世界にその「常識外れ」の説が存在する限りは、絶対にその「世界を変える」かも知れない「種」を逃したくないのです。それをしっかりした本として世に出し、勘のいい人に「新しい常識」の存在を気づいてもらいたいのです。

Ⅴ「売りたい」原稿を「売れる」書籍にしていく私たちの方法

1 著者様との密なコミュニケーション

⑴原稿の可能性と著者様の想いを最大限に引き出す編集力

私たちは、著者との緊密な連携を通じて、原稿の可能性を最大限に引き出す編集力を提供します。編集者は著者の意図やメッセージを理解し、その魅力を最大限に引き出すためのアドバイスを行います。

⑵著者様ファーストで考える出版プロセス

編集者目線で考えて、Aという方法がいいと判断したら、私たちは躊躇なく著者様にAをおすすめします。そこに忖度はありません。「良い本」にできるかどうかが唯一の判断基準です。

その時、著者様がBがいいとおっしゃった場合は、私たちも脳みそから汗を流してAをベストと考えていますから、なぜAなのか、Aにした時のメリットをしっかり著者様にお伝えします。

その結果、やはりBがいいというご決断があればそれに従い、Bの中で最もベターな方策を再び脳みそから汗を流して考えます。

私たちが出版費用を負担する商業出版であれば、上記の場合間違いなくAなのですが、あくまで私たちは著者様に出版費用(他社に比べて1/10程度ではあるものの)をご負担いただいている以上、最終的な権限は著者にあると思っています。ただ、AかBか、なぜ著者様はBがいいと思われるのか、ということを話し合う中で、著者様への理解が深まれば、より魅力的な仕上がりの本になることは明白です。

そのように著者様と私たちが協働し、原稿の質を向上させることで、最終的な書籍が「売れる」ものになります。

原稿の中に眠る「進歩へのスイッチ」を見つけるためには著者と密接なコミュニケーションをとり、文字面では分からない本当の主張や意図を理解することが必要だ。そしてそれを理解したら、その内容がより読者に伝わりやすくするために、表現、構成を著者と話し合って、ブラッシュアップして行く。
世界の進歩を促す「売りたい」本は、そのままの内容では読者に伝わらず、その価値が生かせないことが多い。だから私たちは内容のブラッシュアップ同時に、多様な広告、多様なプロモーションを実施して、読者に認知させ、「売れる本」に仕立てていく。

2 著者様の本を読者に届けるための緻密な戦略

⑴ターゲット読者の明確化と効果的なマーケティング

ターゲット読者を明確にし、そのニーズに応じたマーケティング戦略を策定します。読者が何を求めているかを理解し、そのニーズに応じたSNS広告、Youtube広告、ランディングページなどのプロモーションを行うことで、効果的に書籍を市場に認知させ、購入ボタンのクリックに導きます。

⑵オンラインとオフラインを組み合わせた多角的なプロモーション

オンラインとオフラインの両方を活用した多角的なプロモーションを行います。上記のようにネット広告を活用しながら、講演会なども開催し、著者様と読者様の接点を増やし、購入アクションを促進します。

Ⅵ 「売りたい」原稿を「売れる」書籍にするのが私たちのビジョン

1 社会を少しでも良くする努力。出版を通じて私たちは地道に行います

私たちのビジョンは、「売りたい」原稿を「売れる」書籍にすることです。大手出版社が避ける新しい発想や主張を積極的に取り入れ、社会的意義のあるテーマを発掘し、読者に新しい視点を提供することを目指しています。

社会が宥和し、差別が減り、社会的分断が解消され、暴力が消滅する。ジョンレノンが歌ったようにそれは夢想なのかもしれません。しかし私たちは社会における評論家にはなりたくありません。行動者でありたいと思っています。ですから、たとえ効果がわずかであっても、隙間が少しでもあくまで、全力で錆びついた扉を押し続けます。

私たちの「売りたい」本を「売れる」ようにしていくというビジョンの実現は簡単ではない。しかし私たちは努力し続ける。
あなたの原稿は社会を進歩させる宝石の原石だ。私たちはそれを見つけ、磨き、社会に還元して世界の進歩に貢献する。だから今、あなたの原稿がどういう状態であっても良いので、ぜひ私たちに見せて欲しい。

2 私たちにとってあなたの原稿は輝く宝石の眠っている宝です

あなたの原稿には「世界を変える力」があります。他の出版社には理解できなくても私たちなら、原稿の中に眠る潜在的な輝く宝石を探し出せます。

ですから私たちは、そのようなあなたの原稿が日の目を見ないまま消えて行く、ということにはしたくありません。それはあなたにとっても、世界にとっても悲劇です。

そのために、私たちはあなたの想いや作品を応援する側に常に立ちたいと考えています。仮にあなたの文章に多くの欠点があったとしても、その中に輝く原石があれば、その文章の修正をサポートすることによって、宝石を発掘し、多くの人に見せたいのです。

だから、今、あなたの本が原稿の状態であれ、逆にまだアイデアの段階であれ、ぜひ内容をしっかりと聞かせてください。そして仮に他の出版社が没だと判断していたとしても、私たちが「世界を変える可能性」「次代に残す価値」だと判断した場合は、何があっても出版し広く社会に発信していきたいと思っています。

逆に、あなたが「自分のアイデアなんて」「自分の体験なんて」とその価値を自覚していない場合は、価値を分かっていただけるまでお話します。

次なるコペルニクス、ダーウィン、アインシュタインに世界を変えるための発表の場を作りたい。社会の人々の目に触れる場でスポットを当てたい。

それがクリエイティブ集団COW AND CAT を立ち上げた理由であり、 目的であり、VISIONです

3 原稿がどの段階でもOK。お気軽にご連絡ください

ですからあなたが、自分の原稿を出版したいと考えていたら、私たちがその夢を実現するお手伝いをいたします。私たちのビジョンに共感いただけましたら、ぜひ一緒に進歩の一翼を担いましょう。原稿を既にお持ちの方、あるいはアイデア段階の方でも結構です。こちらからお気軽にお問い合わせください。

あなたが本を出版する希望を持っていたら、私たちは必ず良いパートナーになる。だからぜひ原稿を見せて欲しい。