昭和は「皆が同じ商品を買い、同じ本を読んだ」時代

マーケット(市場)はどんどん変わっています。昭和から平成までの出版業界は、大規模企業時代でした。大々的に広告をうち、その本を原作に映画を作り、主人公を演じたアイドルがタイトル曲をヒットさせ、という時代です。

しかし今は私たちのような小規模で特徴的な出版社が「売れる本」を刊行できる時代です。

昭和から令和の初めまでは、1つ評判の良い商品、口コミで人気の商品が出ると、消費者はその商品に群がり、店頭でも通販でも「売り切れ」「予約待ち」という状態が頻繁に起こりました。

しかし、現在はほとんどそのようなことはありません。

なぜなら、

  • ネットによって自分の身体的、あるいは精神的特徴が詳しく分かるようになったこと
  • 3Dコピーや、コンピュータと生産機械の細かな連動などによって、消費者の細かいニーズに製品が対応できるようになったこと

この2つによって、消費者の多様で細かいニーズに対応した商品提供が可能になったからです。

たとえばジーンズを挙げてみましょう。まずスタイルが、ルーズフィット、ストレートフィット、スリムフィット、スキニーフィット、ブーツカット、レギュラーフィット、フレイジドレッグと7つあります。さらにそこにウェストのサイズが5mm単位で用意されいます。つまり、一口にジーンズと言っても、これらを組み合わせると、数十種類の商品が販売されているのです。

逆に言えば、今までの「商品に自分を合わせる」買い方が、今は「自分の趣味にこだわり、それに合った商品を見つける」買い方が、消費者の「当たり前」になっているのです。

出版も「こだわり、趣味、読書の傾向」が「多様化」し「細分化」して行く

これは「人の興味、関心」についても言えます。

たとえば「鉄道ファン」を例に挙げましょう。かつて「鉄道ファン」と言えば、何となく「鉄道が好きな人たち」とひとくくりに扱われていました。

しかし今は、

  • 鉄道写真を撮ることが好きな「撮り鉄」
  • 鉄道の走る音、社内アナウンスなどを録音することが好きな「音鉄」
  • 実際に鉄道に乗ることが好きな「乗り鉄」
  • 車両の細かい分類やパンタグラフなどの車輛装置に夢中な「車輛鉄」
  • 鉄道模型が好きな「模型鉄」
  • 切符や古い車輛看板を集める「収集鉄」
  • 時刻表を読んで旅の旅行などを立てるのが好きな「時刻表鉄」
  • 駅の建物や駅名の由来探しを楽しむ「駅鉄」
  • 廃線になった路線を訪れる「廃線鉄」
  • レールや枕木の写真を撮る「線路鉄」
  • 鉄道の踏切や信号、切替えポイントなどの保安設備や装置を研究する「保安鉄」
  • 鉄道の歴史を研究する「歴史鉄」
  • 駅弁を食べ、包装紙を収集する「駅弁鉄」
  • 鉄道会社を調べたり、好きな鉄道の会社の株を買う「会社鉄」
  • 鉄道法規を研究する「法規鉄」
  • 地図上に架空の路線を書て楽しむ「架空鉄」
  • 「電車でGO!」「A列車で行こう」などのゲームを楽しむ「ゲーム鉄」
  • 廃線になる鉄道のラストランに立ち会い、その列車に乗る「廃止鉄」
  • SLを愛する「SL鉄」

など何と19種類に分類され、それぞれが独自にサークルを持ち、SNS内のグループを作り、雑誌や同人誌を発行しているのです。

スターバックスなどの少し高めのコーヒーチェーンも、自分の好みをほぼ100%反映させたコーヒーを提供してくれますが、これも同じですね。

出版界ではどうなのでしょうか。

鉄道ファンも多様化したように、読書のニーズも多様化しています。

現代は「多品種少量販売」。出版さえも。

つまり現代人が生活する上で、非常に細かいこだわりを持っても、企業はそれに対応できるようになったのです。それが消費者のこだわりをさらに細かくし、その種類も増やしていくという循環が発生しているのが、まさに「今」です。

これを「多品種」の時代、と呼びましょう。

一方で、かつてのように「1つの商品が100万個売れた」と言うような大ヒットは出にくくなっています。

しかし1種類1万個売れても、消費者の細かなこだわりに応じた100種類のタイプが100個売れる、ということと結局は同じなのです。

この100種類が100個売れるのが「少量販売」です。

つまり、2つの市場の特徴を合わせた「多品種少量販売」が今の時代の消費のトレンドであり、消費のあり方です。

これは出版の世界でも起こっています。

出版も「多品種少量販売」時代に

出版の世界で「多品種少量販売」はどのような形で起こっているのでしょうか。

昭和の時代は(覚えている人がいるか分かりませんが)たとえば渡辺和博という人が書いた「金魂巻」は、人をお金持ちの「丸金」と、貧乏な「丸ビ」に分けて面白おかしく社会を分析した本です。この本は合計350万部売れました。

これは同じ時代で言えば、「dream comes true」のCD売上に匹敵するのもので、まさに大ヒット商品です。丸金、丸ビはその年の「流行語大賞」にも選ばれました。

今、そこまで売れる本は滅多にありません。大ヒットと言ってもせいぜい70~80万部です。

しかし代わりに、本の種類は1980年代は年間で4万点だったものが2020年代には7万点に増えています。

つまり、まさに本の市場は「多品種少量販売」の時代なのです。

もう少し踏み込んでいえば、あなたの原稿が、仮にほかの出版社で「このような特殊なものは売れない」と言われたとしましょう。

しかし、読んでくれる読者層、つまりターゲットをきちんと定め、その人たちの心に刺さるように、表紙から内容までしっかり作れば、必ず売れ、大ヒットまでは行かなくても数万部のスマッシュヒットくらいにはなる可能性があるのです。